LOGINハッピーエンドを迎えたからと言って、人生という名の物語が終わることはない。
* * *
わたし史上初のコンサート。
アーティスト憧れの聖地でデビューを飾ることが出来たけど、ツアーはそこで終わりじゃない。
東京の次は北海道。次に名古屋、大阪。最後は福岡で締める日本縦断コンサートツアーはこれからだ。「相変わらず慌ただしいやつだな。リハビリが済んだと思ったらもう家を空けるのかよ」
「そんなこと言わないでよ。寂しい想いをさせるのは悪いと思ってるからさ」
北海道に立つ前日の朝食の席。より姉が拗ねたような顔で不満を漏らしたので、思わず苦笑いをしてしまった。
「バ、バカ! 寂しいとかそんなんじゃねーよ! ただいくらリハビリが終わったと言っても少し心配なだけだ!」
ムキになって否定するのはいいけれど、そんな真っ赤な顔をしてたら意味がないよ。
「ぷぷ。より姉寂しいんだ~」
案の定ひよりに突っ込まれてるし。
「違うって言ってんだろ!」
「ムキになるのが答え」あか姉にまで。
「なんだとぉ! おまえら少しは長女を敬いやがれ!」
「長女ですけど、ゆきちゃんの正妻という立場では同列ですよ」
かの姉がトドメをさす。
「……」
より姉、撃沈。
なんでもいいけど、その正妻という呼称はやめて欲しいな。「みんないつからわたしのお嫁さんになったのさ」
「何言ってんだ。あれだけ固く将来を誓い合ったんだから、そんなのもう事実婚と変わらんだろ」
事実婚という響きがこれまた……。
「四人も正妻がいるとか、それだけ聞いたらいかにもクズっぽいし。それに全員と婚姻届けを出せるわけじゃないでしょ」
みんなと添い遂げることに関して異議があるわけではない。
だけど実際に結婚するわけではない以上、正妻というのは少し違う気もする。「なんだ、そんなことにこだわってるの? あんなの所詮紙切れじゃん」
「そうだな。形なんてどうでもいいんだよ。要は中身があればそれでいい。元々日本のルールからは逸脱してるんだから、今更そこだけルール通りにする必要もねーだろ」
確かに。始まりからして特異なんだから、型にはまる必要はないのかも。
「それで、ウェディングドレスはいつ着せてくれるんですか?」
形はどうでもいいんじゃなかったの?
「より姉、急がないと」
「どういう意味だ、茜」より姉も二十七だもんなぁ。
「ゆきも納得した顔してんじゃねー! あたしはまだまだ若いっての!」
若いと言い張る時点でどうかと思うんだけどね。女性に年齢の話は失礼だから掘り下げないけど。
「それじゃ、より姉が最初にウェディングドレスを着るとして、後の順番は? やっぱり年齢順かな?」
毎日挙式するわけにもいかないから、ある程度の期間を空けるとしたら四人でどれくらいかかるんだろ。
「何言ってんだ。そんなのみんなまとめてでいいだろ」
「そうですね。費用ももったいないですし」 「来てもらう人達も大変」 「披露宴を4回もするとか、何度も離婚してるみたいでイヤだよ」全員一緒!? しかも披露宴までする気だし。来てくれた人みんなおったまげるだろうなぁ。
「花嫁が五人も並んだら壮観だろうね」
は? 今なんつった? 五人って聞こえた気がするんだけど。
「みんなのウェディングドレスも見たい」
「でもやっぱりゆきちゃんが一番きれいなんでしょうね」
待て待て。
なんでわたしまで花嫁になってるんだ。新郎はどうした、新郎は。「わたしはタキシードでいいのでは?」
「何言ってんだ。主役はゆきなのに、着飾らなくてどうすんだよ」
これをおかしいと思うのはわたしだけなんだろうか。自分の中の常識というものに自信がなくなってきたぞ。
「新郎は?」
「ゆきちゃんが両方兼ねることになるね」
一人二役やれってか!
「ゆきのカッコいい姿と綺麗な姿、両方拝める」
一粒で二度美味しいみたいな感じだね。
ここまでみんなの中ではっきりとビジョンが固まっているということは、どれだけ抵抗したところで無駄なんだろうなぁ。「でも披露宴までするんだったら、来てくれる人のことも考えないと。みんなビックリしちゃうんじゃない?」
それでも一応、ちょっとだけ。
「何言ってんだ。ゆきのことを知ってる人なら誰も違和感持ったりしねーよ」
そこは持ってほしいなぁ。
「わたしの友人はそうかもだけど、みんなの友達は驚くんじゃない?」
「仲のいい友人はみんな理解してる」
あか姉の言葉にみんな一様にうなずいている。
やっぱり無駄な足掻きだったか。すっかり乙女化が進行してしまっていることを自覚してるから、今更女性の衣装を着ることに不満があるわけじゃないんだけど。
さすがにウェディングドレスはやりすぎかなと思う面もあったり。 だけどみんなノリノリだし、流れに身を任せるしかないか。「それじゃ、ゆきのツアーが終わったら式場探しを始めるか! 準備期間は一年くらいかかるらしいから早くしないとな」
「より姉の賞味期限的に?」 「うっさいぞ、ひより!」今日も我が家の食卓は平和です。
「それじゃ、行ってくるね」
玄関でキャリーバッグのハンドルを掴んで振り返る。そこには愛しい面々が、少しだけ表情を曇らせている。
「終わったらすぐに帰ってきてね。寄り道したらイヤだよ」
中でもひよりは特に寂しそう。
「時間があったらついていきたい所なんだけどな」
今ではひより以外みんな仕事をしているから、長期のツアーについてくるなどは不可能だ。
ちなみにかの姉は動画編集技術を活かしてプロダクション会社に、あか姉はテレビ局に就職している。ひよりはというと、お父さんの勧めもあって両親が働く商社の面接を受け、無事に内定をもらうことができた。
だからもう就職活動の必要もなく、あとは卒論だけなのでついてこようと思えばできる。だけどそれはさすがに申し訳ないということで、みんなと一緒にお留守番をすることになった。家にいる時間が今は一番長いので、わたしがいなくなると一人ぼっちになるのが寂しいんだろう。
「ツアーが終わるまで四十日あるけど、毎日ちゃんと電話するから。ノートパソコンも持っていくから、ホテルではビデオ通話もできるよ」
「うん、毎日顔みたい」
しょんぼりとした表情のひより。
その頭をそっと撫でつけ、優しくキスをした。「そんな顔しないで。わたしの夢の実現なんだから、ひよりにも応援してほしいな」
「うん……。わかった。ごめんね、せっかくゆきちゃんの晴れ舞台なのに。コンサートが成功するように応援するよ。だから……毎日顔を見せてね」
寂し気な色は完全には消えないものの、ようやく笑顔を見せてくれた。
応援したい気持ちも持っているのは分かってるんだよ。だけどどうしても寂しさが勝っちゃうんだよね。「ちゃんと毎日連絡する。ツアーが終わったらすぐに帰ってくる。約束ね」
ひよりと指切り。
「わたしが約束を守るのは知ってるでしょ。少しは安心した?」
その言葉で思い出したのか、ひよりの顔がさっきよりも明るくなった。
「うん! ゆきちゃんは約束通り戻ってきてくれたもんね。コンサートで全力を出せるよう、精いっぱい頑張ってきて」
今度はひよりの方からキスをしてきた。
いつもの笑顔。 そう、わたしはこの笑顔があるから頑張ることが出来るんだ。「ほら、みんなも約束」
それまで黙って見ていた三人とも指切り。そのたびに指を絡めたままキスをしていく。
みんなが笑顔になるのを見届けた時、玄関先に車の到着する音がした。五代さんが迎えに来てくれたのだろう。「それじゃ、お迎えも来たしそろそろ行くね。それじゃ、いってきます!」
玄関の扉を開け、外へ出ようとするわたしに愛しい四人の「いってらっしゃい」がついてきた。その元気な声がわたしの背中を押してくれる。
よし、もう大丈夫。 まだ見ぬ観衆の顔と声を思い浮かべ、日本を縦断するための一歩を踏み出した。パーソナリティの紹介を受けてスタジオ入りするわたし。 目の前に鎮座するのは芸能界の大御所。拍手をしながらわたしを出迎えているものの、その眼差しはどこか値踏みをしているようにも見えるのは穿ち過ぎだろうか。 さすがはというか、長年この世界に君臨してきただけあって、漂うオーラは普通の人のそれではない。 人好きのしそうな柔和な笑顔で接してくれているものの、一筋縄ではいかない人間だというのはよく分かる。 この人の機嫌を損ねたら芸能界で干されちゃうのかな、なんて呑気な事を考える余裕はあるけれど。「どうも初めまして。歌手、そしてダンサーとして活動しているゆきと申します。まだ若輩者ですが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」 まずは型通りの丁寧な挨拶。あまりいい印象を持てないとしても相手は年長者。最低限の礼儀は尽くしておかないと、社会人としても失格の烙印を押されてしまう。負けず嫌いの虫にはまだ大人しくしていてもらおう。「あら、歌とダンスをメインに活動してらっしゃるんですね」 この時点でわたしに興味がないと言っているようなものだ。普通ゲストとして呼ばれている人間のことくらい調べるものじゃないんだろうか。「それにしてもお綺麗な方ですねぇ。わたしの若い頃にも負けないくらい。透き通った白い肌が羨ましいわ」 人の事を褒めながらも、露骨に自分の過去の事も自慢している。わたしと同じく自己顕示欲の高い人なんだろう。少し好感が持てるな。「お若い頃の写真は見たことがあります。本当にお綺麗で、男であるわたしなんかと比べるのはおこがましいくらいです」 実際に見たことがあるのだが、本当に人形のように綺麗な人だった。過去形だけど。 独特の髪型と丁寧に施された化粧からは上品さが漂っているものの、寄る年波には勝てなかったということなんだろう。 失礼なことを考えているなと思っていると、目を細めて質問をしてきた。ヤベ、何か勘付かれたかな。「ゆきさんはどうして歌をネットなんかで発表しようと思ったんですか?」 少しカチンときた。ネットのことを|な《・》|ん《・》|か《・》と言ってしまう時点でこの人は何か偏見を持っているのだろう。そのネットでたくさんのリスナーさんに支えられているわたしに向かって言う言葉とは思えない。やはりどこかでわたしの事を見下しているような雰囲気を感
アメリカでの成功は確かに成果があった。 本物の銃弾を弾き飛ばした動画も大いに注目されて、世界中のバラエティやニュース番組で特集が組まれているそうだ。 そしてその後見せた歌とパフォーマンスは見るものの心を揺さぶり、「日本から訪れた本物の妖精」というキャッチコピーまでつけられ、英語圏であるイギリスを始めヨーロッパで大々的に取り上げられて認知度が格段に上がった。ヨーロッパ以外でもわたしの歌声は世界中に広まりつつある。 おかげでチャンネル登録者数も四千万人を目前だ。このままいけばギネス記録を塗り替えることも視野に入ってくるだろう。 わたしが三曲目に英語で歌った曲は英語版日本語版共にアメリカやヨーロッパで各国語版ヒットチャートの上位三位以内に入り、他の楽曲も軒並みランクイン。 弾丸インパクトが呼び水となり、わたしの知名度はうなぎ登りと言っていいだろう。 みんなに怒られながらもやった甲斐はあったということだ。 そのこと自体はとても喜ばしいことなんだけれど、副作用が発生してしまった。 日本のテレビ局からの出演オファーが殺到することになってしまったのだ。 今はまだ五代さんのところで止めてくれてはいるけれど、わたしもそろそろ覚悟を決める時かもしれない。 リビングのソファーに座り、連日のように届く五代さんからの連絡メールを見てため息をついてしまう。「今日もオファー来てるの?」 アイスクリームを咥えたひよりが後ろからわたしのスマホを覗き込んで聞いてきた。「うん、いつまでも断り続けるのもねぇ……ってつめた!」 肩口にポタリと落ちた水滴に飛びあがるほど驚いた。 ひよりのアイスが溶けてピンポイントに狙ってきたんだけど、わざとか?「ごめんごめん、ちゃんと処理するから」 ティッシュで拭いてくれるものと思いきや、近付いてきたのは手ではなく顔。「ちゅっ」「ひあ!」 アイスを食べて冷たくなった舌はまた独特な感触で、思わず素っ頓狂な声が出た。「何す
「ゆきちゃん!」 ひよりの悲痛な声が響き渡った。 わたしは腕を伸ばしたまま、微動だにしない。 怪我をしたわけではない。 ただ想像以上に凄まじい衝撃で、少々腕がしびれているだけだ。 その瞬間は誰が見てもまさに衝撃的だった。 9ミリパラペラム弾特有の高い音と共に、「ブォッ!」という空気を切り裂く掌底の音と、「パシ! パシパシィッ!!」という、弾丸がアクリル板に何度も跳弾する甲高い音が重なった。 次元が違う。 エアガンの時とは音も、衝撃も、迫力がまるで違っていた。 スタジオでは当然、その瞬間のスロー映像が大型モニターに流れている。 そこに映っているのは、飛んでくる弾丸よりも速いようにすら見える、ゆきの繰り出す掌底。手のひらに張り付けられた鉄板で寸分の狂いもなく弾丸を捉え、その軌道を強引に捻じ曲げている。 そして大きく軌道を変えた弾丸は設置されたアクリル板へ次々に跳弾しながら最終地点に設置された壁面へ深くめり込む。 会場は完全に息を飲んでいた。「Oh my God!」 司会のローリー氏が思わずつぶやき、慌てて自分の口を押さえ込む。 その顔からは先ほどまでの余裕の笑みは消えていた。「よし」 小さくつぶやき、ようやく痺れの取れてきた腕をそっと下ろす。 やり切ったという達成感が、ゆっくりと全身を駆け巡っていく。 この想いを最初に表すのはやはりこの人達しかいない。 先ほどまでの緩慢な動きと打って変わって、素早く後方へと振り向いたわたしは、そこに並ぶ愛しい面々を見て表情を綻ばせる。 満面の笑顔でブイサイン。 四人の愛する姉妹と五代さんが、目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。「さすがゆきさんです!」「すげー! 本当にやりやがった!」「感動しました!」「超人」「ほんとすごかったよ! 声も出なかったもん!」 口々に賞賛の言葉を浴びせ、共に成功を喜び合う。 これでわたしは「ちょ
「ブラボー! 鬼気迫るデモンストレーション、確かに見届けました。リハーサルでは一度も成功しなかったのを、本番ではたった一度で成功させるとはさすがですね。感動しました」 ローリーさんが拍手をしながらコメントを語る。観客たちは総立ちで熱狂しているが、彼は椅子に座ったまま冷静な笑みを浮かべる。 この後に控える挑戦のことを知っているからまだ余裕なのだろう。エアガン程度は「デモンストレーション」なのだから。 それにしてもリハーサルでの失敗をここでも持ち出してくるとは……。「ありがとうございます。まぐれではないことを証明するために、もう一度同じことが出来ますが再挑戦しましょうか?」 失敗を強調するあたり、まぐれだと思われていても心外だ。 今のわたしなら何度挑戦しても結果は同じ。いつでもかかってこい。 だけど彼の反応は違うものだった。「いえいえ。先ほどの気迫と動きを見ればこれくらいは朝飯前なんでしょうね。この次に控える挑戦を見事クリアすることが出来たら、本物だとは思いますが」 なるほど。なんというか、分かりやすい人だ。 次の挑戦が待ち構えている以上、次で失敗すれば今回の事も自動的に「まぐれ」になってしまう。印象操作というやつだ。 要するに次のチャレンジは成功するはずがないと思っているんだろう。 上等だ。あんまりわたしを舐めるなよ。 だけどそんな反骨心はおくびにも出さず、いつもの笑顔。「それもそうですね。では早速次のチャレンジに移りたいと思いますので、準備の方を進めていただけますか?」 その挑戦、受けて立ってやる。 その言葉に笑みを浮かべるローリー氏。ずいぶんと挑戦的な笑顔だ。「分かりました。スタッフさん、打ち合わせ通りお願いします」 司会の進行に従って、現場のスタッフが少し緊張した様子で、慌ただしく動き始める。 その隙に五代さんがそっと近づいてきた。「ちょっとゆきさん。次のチャレンジってわたしは何も聞いてないんですけど。いったい何をするつもりなんです
結局、リハーサルでは一度も成功しなかった。 現地のスタッフも心配そうな表情になってきて、『中止しましょうか?』と言ってくる始末。 いくらリハーサルとはいえ、肩の力を抜きすぎたか。「大丈夫ですよ! 本番では見事キャッチしてみますから!」 うちの姉妹含めて五代さんも英語はネイティブ並みなので、現地の人とのコミュニケーションにも何ら問題はない。 日本語で話しているかのような感覚で意思の疎通が出来る。読みにくくなるとか言うな。「なんでゆきちゃんはそんなに余裕そうなの? まだ成功したことないし、体にも当たったよね。危ないよ」 心配げに袖をつかむひよりに向けて、わたしは安堵させるように説明してあげる。「リハーサルはね、失敗するためにあると思ってるんだ。 特にこういう本番で絶対に失敗しちゃいけないようなことだと、どういうところに失敗の種が転がっているか確認しておかないといけない。風の向きとか、発射する瞬間の反動による弾道のズレだとか。あとは自分の体のコンディションもそうだね。 でも心配しないで。わたしは本番でこそ最高のパフォーマンスを発揮する男! 安心して見ててくれていいよ」 そうは言ってもひよりの表情は晴れない。もう、どこまでも過保護なんだから。 何も言ってこないけど、他の三人も顔が曇ってるのは分かってるんだからね。 本気でやった失敗には価値がある。どこかで読んだ受け売りだけど、真理だと思う。 今日まで何度も繰り返してきたけど、このロケーションでの弾道のブレや風の向きはほぼ把握した。いくら見えているとはいえ、小さな物体。少しのズレで手の中から零れ落ちてしまう。本番で確実にキャッチするために、今日まで失敗を繰り返してきたんだ。「本番はいよいよ明日ですね! 良いところを見せることが出来てませんけど、明日は期待しておいてください。わたしは本番に強い男ですから!」 わたしの自信満々な態度に、先ほどまでの空気は少し和らいだ。 幾人かのスタッフから「Man(男)?」という声が聞こえてきたけど。 どこに疑問を持ってんだよ。
「久しぶりだねぇ」 ひよりが感慨深そうにつぶやく。さっきまでわたしと一緒に震えてたくせに。 空港へと降り立ち、入国ゲートを通り過ぎるとそこはアメリカ。 かつてわたし達家族が住んでいた第二の故郷だ。 エアガンの弾をキャッチするという神業動画をアップしてすぐにアメリカのテレビ番組から五代さんに出演オファーがあった。 それから一か月、交渉のまとまったわたしは仕込みやロケハンの必要性もあってオンエアーのひと月前に現地へとやってきた。「国によって空気の匂いが違うって言うけど、ほんとアメリカって感じだね」 わたしも若干フラフラしているけど、なんとか元気を取り戻してひよりの隣に立つ。 後ろでは三人の姉が何やらヒソヒソ話をしているけれど。「飛行機で怯えるゆきちゃん、愛らしかったですね」「ほんと、抱きしめたくなったよな」「癒し」 そろそろそのことは忘れて欲しいんだけど。 想像していたようにいじられはしなかったものの、ひより以外は過剰なほどに心配してあれやこれやと世話を焼いてくれた。 嬉しいけど、恥ずかしいんだよね。嘔吐袋をもらったけど、意地でも使わなかったよ。 会話に参加すると巻き込まれて話が膨らむことは経験則で知っているので聞こえないフリ。 ひよりと並んでアメリカ特有の甘ったるい匂いと揚げ物の匂いが混じったような空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。空港だから機械的なにおいも混じっているけど、アメリカに到着したんだと実感できる匂いだ。 ちなみに外国人から言わせると、日本は醤油と味噌の匂いがするそうだ。「より姉、今回は番組衣装、どんなのを用意してくれたの?」 背後の会話が終わりそうになかったので、仕事に関わる話題を降って強制終了させた。「ん? そりゃもちろん、ジャパニーズテイストを出すために和装だぞ」 和装と聞いていやな姿が思い浮かんだ。「まさか振袖でやれとか言わないよね?」「そんなことするかよ。お前はもう既婚者なんだから振袖じゃなくて留袖だぞ」